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2つの力


旅の本質であるバスでの移動中
ずっと疑問に思っていたことが自分なりに解決できたように思う



どんな疑問かというと一言では表現しづらい



今あるものに感謝することと
それ以上追い求めることの間にあるもの



といってもなんかしっくりこない


結果と過程の間にあるもの


といったほうがいいかもしれない


満足することと求めること
取りに行く力と受け取る力
この2つの力の間にあるものがずっと疑問だった




たとえば自分が90点を目指していたとして努力する

その結果80点だったとしたときにどうするかということ


くそー!!ってなって
すごいネガティブなことが出てくるかもしれない
真剣であればあるほど
何でこんな結果なんだ!って悔しいだろうし
後悔や落胆や怒りなどの否定的な感情がでてきてもおかしくない


でも別の人は
自分の思い通りの結果は出なかったけど
十分頑張ったんだ
それが今の実力なんだ
それはそれでいいじゃないか
この結果をしっかり受け止めよう

ってなるかもしれない


この場合後者の人のほうが否定的な感情をもっていないし
どっちが幸せかっていったら後者のほうだろう


でも
こだわりが強いのは前者のほう
真剣にやっているのも前者のほうだと思う


この場合次があればいいんだけど
人生
次がそうそうないことだってある
これをミスったらもう首吊るしかないな
みたいな状況だってあるかもしれない



んで
そうやって真剣に物事に取り組んでいときに
その結果を素直に受け入れられるかどうかっていう問題

俺の性格なのかもしれないけど
これはなんとしても達成したいってやっていって
その結果できなかったときってやっぱすぐにはそれを受け入れられない
でも頭では
結果っていうのは自然の摂理の上になりたっているんだし
過程は選択できるけど結果は選べないのだから
受け入れてしまったほうが賢いということもわかる



俺が疑問だったのは
結果を受け入れる、満足する、感謝するらする


ということと

結果を求めるための過程において努力をする


ということがなんか相反することに思えてしまったから


どんな結果でも満足して感謝できるなら
もうなんでもあり
みたいになっちゃうんじゃないかって


やる前から自分の望んだ通りの結果にならなくても
満足できてしまうんだから
そんなの望んでいることと言えるんだろうかって


でも
結果に満足できないんだったら
やっぱり不幸になっていくのは自分であったりする


そしたら
求めていく過程は何のためにあるんだろう



本田健氏は著書の中でこう表現していた
「稼ぐ力」と「満足する力」
これはお金に焦点を当てている話だけど
俺が思うのはこのポイントだしすごく分かりやすい


どんなに稼ぐ力があっても幸せにはならないらしい
どんなに億万長者でも金銭的不安を抱えている人も多いらしい

逆に
貧乏でも今の生活に満足している人だっているだろうし
でも
この人は残念ながらいつまでたっても貧乏なまま


だから
幸福かつお金持ちになるには

稼ぐ力と満足する力の両方が大切だと





これはお金だけじゃないと思う


いきていくうえで


もっと成長したい、向上したい、夢をかなえたい
っていう思いと
今あるもの、人、すべてのことに感謝する
という2つはどちらか一方ではなくて両方大切なんだろう


成長する
目標を達成する
夢をかなえる

そして
その結果に満足する

でも
満足しっぱなしでいいかっというとそうじゃなくて

やっぱり
もっともっとって上を見ていきたくなる


キリがない気もする
ある程度
そこそこほどほどで満足する

そういう人生でもいいかなと実際思ったりもする
いやむしろ
そういう生き方の中に幸せがあるんじゃないかとすら思ったりもする



ここにパラドックスがあるように思う


そこそこほどほどでいるためにすら
常に求めることが必要であり
求めた結果に満足することが必要であるということ



結果に満足しながらも求めること

青木社長が言うように
「それ以上を必要とせずそれ以上を求めること」


この精神が常に必要なんじゃないか



ただ単に満足するだけ
受け取る力だけが発達してもただの貧乏な自己満足になっちゃう
なんでもありになってしまったら過程を求める動機付けができない

取りに行く力
求めることだけで満足することができなかったら
一生不幸だしなんのために求めているのかわからないくなってしまう



じゃあ
どうすればいいんだろう
時には不満も必要だと思うけど
そのコントロールが難しい


旅もそうだけど

自分が楽しみにしていた場所にいったときにあいにくの天気だっとする
日程の都合上もうその日しかない

快晴を期待していればいるほど
その場所を楽しみにしてればいるほどがっかりするし
簡単には
「まあこれてよかった」って思いたくないし
「また来ればいいよ」って励ましたくなるけど
現実問題としてまた来ないし!って思ってしまう


(まあ
 ちょっと小さなことではあるけれど
 結局こういうことの積み重ねだから)




じゃあどうすりゃいいんだろう
取りに行きつつ結果を受け止めつつって
なんかすごく難しい




んで
そういうことを考えてたら
「あ、そうか、そういうことか」って思った











どういうことかっていうと











今自分でも思ったとおり
難しいっていうこと




簡単じゃないってこと




こうすればいいっていうことがないってこと






受け取ることと取りにいくこと
その間にあるバランス


それは危うい天秤になってる


どちらかに大きく振れてしまう可能性を秘めていて
バランスがとれたそばからまたバランスが崩れる
そして
またバランスをとる





バランスが常に崩れるということ
安定は長続きしないということを受け入れること


そのバランスを保とうとし続けること


受け取るだけじゃなく求めるだけじゃなく
バランスをとり続けること


そこに一生葛藤し続けること
その覚悟の問題なんじゃないだろうか




そんなことをふと思いついて
疑問が晴れたような気がした





安定した天秤は
またこの先バランスを崩すだろうけど

この先
また同じようにどこかの国を移動するバスのなか
均衡を保つアイデアが頭に浮かんでいくんだろう



求めて得られて満足して均衡
疑問をもち、もがいて、また求めて不均衡


そんなことをこの先ずっと続ける旅になるんだろうな

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Profile
    2009年3月に世界一周へ出発したはずが
    ワーホリしたり、語学学校で英語勉強したりしてる間に恋したり
    結局旅は中断。
    それ以降も
    不法就労したり、人体実験したりと
    しぶとく生き抜き
    2011年10月にようやく旅を再開。
    12月からは愛する彼女と2人旅に。

    人と関わるよりも、一人で妄想する方が好きで
    冒険心よりも、保守的思考が強く
    どちらかというと旅よりもインドアで待ったりという方が好きだけど
    それが自分の旅のスタンスでありスタイル

    どこに行って何を見たかよりも

    何を思い、どう動いたのか
    そしてその結果
    どんな言葉に出会えたか

    今は言葉に出会うために旅してます

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